可もなく不可もなくでは不満が残る1 パロディ吾輩は猫である2010 志茂田景樹の隊長のブログ作品集|志茂田景樹のWeb絵本-読み聞かせ劇場|しもだ-かげき|直木賞-児童書-作家

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志茂田景樹の隊長のブログ作品集 No.15

 

可もなく不可もなくでは不満が残る1


吾輩はまどろんでいるが、聞き耳は立てている。
土曜日の昼下がりで、今夜、モンちゃんを励ます会があるが、それまでは特に用事もない。
朝食後、ずっとソファーで寝そべっている。
のうのうとして快適に時間が過ぎたが、先ほど、相次いで二人、客がきた。
今、吾輩の隣に沙苦里がかけ、対面にその二人の客がいる。
二人の客は初対面同士だったらしく、さっき名刺交換をした。
吾輩にとっては二人とも馴染みの客である。沙苦里の知人だからどちらも一風変わっている。
その一人は大蛇川富士とぃって、業界紙「流通グローバル」の編集長をしている。
身長150センチそこそこのチビながら、エネルギッシュな39歳で、昨日も徹夜したという。
無類のコーヒー党で、酒類を天敵にしている。
「いやあ、もうタデシナビルの前も横も人並みに洗われていましたよ。コンセプトがないくせして人出だけはくるわくるわの祭りですなあ。1日ぐらいならともかく3日間でしょう。せっかくの土、日だというのにかなわんですわ」
大蛇川は大袈裟に身振り手振りを使って話す。
祭りというのは昨日の金曜日から始まった麻布十番納涼祭りのことで、毎年8月の第3週の金、土、日に行われる。
タデシナビルは沙苦里の仕事場がある小ビルの名で、その下の3階に大蛇川は妻の小竹と二人で住んでいる。
「夜もざわざわと人波が流れる音が窓を閉めていても伝わってくる。怒声も嬌声も混じりましてね。まっ、夜9時までと規制されているからいいようなものですが、昔は11時12時まで騒がしかったそうですね」
「私もちょっと通って見てきました。2時からということですが、2時を数分過ぎただけでもうゾロゾロでした。網代公園に盆踊りの櫓が立っていました。夜は盆踊りですね」
オハマが漂白したように真っ白い歯を見せた。
沙苦里が准教授をしている人間科学部の28歳になる院生で、白人の祖母を持つ黒人のアメリカ人である。
日本にくる前から実に日本語に堪能だった。
「何年か前まではお化け屋敷のテントががかかっていたんだよ」
沙苦里が知ったかぶって口を挟んだ。
フーテンのノラは、昨日から明日までのねぐらをどこに定めたのだろう、と吾輩はその身を案じた。
意外と弁天丸のところかもしれない。
「ところで、先生、きみちゃん像のきみちゃんのことを何かに書きませんか?きみちゃん、こと岩崎きみに関して、ワタクシずいぶん調べましてね」
オハマはワタクシという一人称を使う。
「ほう、それで、どんなことがわかったのかね?」
沙苦里はネタになりそうなことにはすぐに興味を持つ。
吾輩もきみちゃん像に関しては大家にその由来を聞いていたので、耳をピクッと震わせ、聞き耳を立て直した。
「きみちゃんは明治35年〈1902〉7月15日に静岡県旧不二見村、現静岡市清水区宮加三に生まれました。16歳の母かよの私生児としてですね。父親の氏名はあきらかになっておりません。2歳ぐらいのとき、母かよに連れられ、北海道へ渡り、留寿都村にあった平民社の伝道開拓農場に入植しました。ここでかよは鈴木志郎と知り合い、結婚します。この前後にきみちゃんは開拓農場の暮らしがあまりに過酷だったため、アメリカ人宣教師のヒュウエット
師に預けられ、その養女になりました。一方、開拓農場は立ち行かなくなり、解散、鈴木、かよの夫婦は札幌に出て、鈴木は北鳴新聞社に勤めます。ここに野口雨情が勤めていました。
鈴木家と野口家は2,3ヶ月間だったそうですが、長屋に隣同士で暮らしたそうです。やがて、鈴木夫婦は小樽へ出て鈴木は小樽日報へ勤めます。ここで石川啄木と出会っています。
余談になりますが、「悲しき玩具」には鈴木のことが歌われていますね」
オハマは立て板に水のようにしゃべりまくり、妙な節でその歌を吟じた。

名は何と言ひけむ姓は鈴木なりき
今はどうして何処にゐるらむ

吟じ終えると、またなめらかなしゃべりを再開した。
「さて、ヒュウエット師は明治41年に帰国することになりました。きみちゃんをもちろん連れて行くつもりでしたが、このとき、きみちゃんは結核に侵されていて長い船旅に耐えられない体でした。やむなく、師はきみちゃんを当時、十番神社の上にあった鳥居坂教会の孤女院に託しました。そして、明治44年の秋、9歳の薄倖の生涯を閉じています。
さあ、ここまでは予備知識、いいですか、衝撃の真実がこれからあきらかになります。チェンジ、意識のチェンジをしてください」
オハマは自分の言葉に陶酔してきたようである。

〈続く〉

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