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志茂田景樹-カゲキ隊長のブログ No.147 201年1月5日載分

 
2日の昼過ぎから3日の午後4時前後まで東海道を歩いたのであります(^_^)

2日の昼過ぎから3日の午後4時前後まで
東海道を歩いたのであります(^_^)


  ここ数年、ワガハイ恒例の正月東海道ウオーキングは1泊2日でありました。
それでも35キロから40キロを歩けたのは早朝、新幹線で東京を発ち、昼前に前年に歩き止めた現場に到着、途中、昼食に50分ほど時間を割き、午後7時前後まで歩くことで
初日の距離を27,8キロ出せたことによるのであります。
翌朝は9時前後から午後1前後まで歩いて、昼食をとり、最寄駅から乗り、新幹線に乗り換えて帰京、というパターンが続いたのであります。
これでわりとノンビリでも11、2キロは歩けますので、1泊2日でも両日を合わせると35キロ以上40キロ未満の距離は充分に出るわけであります。
今年は2泊とれましたので道々寄り道しても50キロ前後は行くであろうと、ワクワク1月2日を待っていたのであります。
しかるに、暮れに風邪を引き込み、年が明けても抜けきれず風邪薬携帯の旅立ちになったのであります。

今年の行程は

赤坂宿~(8・8キロ)〜藤川宿
藤川宿~(6・6キロ)〜岡崎宿
岡崎宿~(14・9キロ)〜知立宿
知立宿~(11・0キロ)〜鳴海宿
鳴海宿~(6・5キロ)〜宮宿

計47・8キロでありました。

2泊3日の行程としては楽なほうで2泊めの夕方までに歩き終えれば次の日は桑名を目指して10キロほど歩き、帰京の途につこうと考えていたのであります。
宮宿から桑名宿までは本来なら海上七里の船旅でありますが、現在はその渡しがなく、歩くか列車に乗るしか手がないのであります。
歩けば京都三条大橋まで完全陸路になる、とワガハイ手ぐすね、
いや、足すぐね引いていたのであります。
しかし、誤算だらけでありました。
風邪で大事をとり、朝ゆっくりめの出発になり、豊橋で名鉄に乗り換え、名電赤坂に降り立ったのはハヤ午後1時近くでありました。

まずは順調に歩き、途中、寄り道は2箇所、最初は午後2時頃、通りがかりのコンビニで用を足し、肉まんとカレーまんを1ずつ買い、歩きながら平らげたのであります。

新幹線の車内でやや早めの昼食をとっておったのでありますが、ウオーキング中は食欲の自制がきかないのであります。

また、自動販売機で温かいココアの缶を買い、飲みながら歩き続けたのであります。

2箇所めが長い寄り道になり、家康が幼少のみぎり、手習いにいそしんだという法蔵寺に寄り込み、境内や、周辺を歩き回って大分時間を費やしてしまったのであります。

この寺には近藤勇の首塚もあるのであります。
近藤勇は板橋で斬首され、その首は京都の四条河原でさらされ、同志の手で奪還され、この法蔵寺に埋められたのであります。

結論を急ぐと、この日は藤川の宿を通り過ぎ、午後4時ごろ、美合という地でウオーキングを打ち切ったのであります。
赤坂宿から11キロほどのところであります。

この日の宿泊地岡崎まであと4キロほどでありますが、このまま歩き続けると風邪がぶり返しそうな予感があったのであります。

名鉄で東岡崎までいき、ホテルに投宿、翌朝、見合まで電車で戻り、ウオーキングを再開したのであります。

しかるに、この日も岡崎宿、知立宿まで順調でありましたが、鳴海宿に向かう途中でやはり午後4時頃に打ち切り、名鉄で金山まで乗り、予約していたホテルにチェックインした
のであります。

この日は22キロ前後歩いたのでありますが、予定では午後6,
7時ぐらいまで歩いて鳴海宿入りしてから電車に乗るつもりで
ありました。

風邪気味の体調が残念でありますが、無理は禁物であります。
外へ夕食をとるために出て、次の日4日の新幹線の上りが混んでいるというニュースが気になり、先に帰りのティケットを手配しようと駅に行き、がっくりきたのであります。

4日は早朝から午後3時前後まで歩き、鳴海宿までの残り8キロと、
さらに宮宿までの6・5キロを歩き切るつもりでありました。

ところが、名古屋からの新幹線は夜遅くの席しか空いておらず、
ようやくこだま09時58分しかとれなかったのであります。

つまり、4日は歩かずに東京に帰らざるを得なくなったのであります。

誤算が続いて2泊3日のつもりが2泊2日のウオーキングになり、
しかも距離は33,4キロどまり、1泊2日のときよりも出なかった
のであります。

ところで、岡崎宿から数キロのところに予科練の碑が建っておりました。
ワガハイは東日本の人間で、予科練というと霞ヶ浦という地名が反射的に浮かぶのでありますが、太平洋戦争の最中にこの地にも海軍航空隊の飛行学校が置かれたようであります。

ここで訓練を受けた若者たちもその多くが大空に散ったことを知り、つかの間、厳粛な気持ちになったのであります。

ワガハイにとっては父の世代というより、年の離れた兄の世代になるのであります。

こうして心躍らせウオーキングできるのも、この世代の人たちが身を引き換えに平和をもたらしてくれたからに違いないのであります。

今回の旅で心に凛と清冽な音が響きわたった瞬間でありました。

志茂田景樹-カゲキ隊長のブログ KIBA BOOK 志茂田景樹事務所
 

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